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~する前に一覧><脱サラをする前に>無断転載禁止 2011年12月更新

移動販売をする前に(1)

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 移動販売をする前に 1 章

 「移動販売」と聞いてすぐに思い浮かぶのは<石焼芋屋さん>や<さおだけ屋さん>、そして最近では< 豆腐屋さん>しょうか。私も子供の頃に石焼芋屋さんの「イシヤ~キイモ」の声に誘われて買った思い出が あります。不思議なもので、石焼芋屋さんから買って食べた焼き芋は、家で母親がふかして出してくれた焼 き芋よりおいしく感じるものでした。もしかすると、サツマイモを焼いているあの石になにか秘密が隠されて いたのかもしれませんが、おいしく感じたのは間違いありません。私と同じように石焼芋屋さんで買った焼き 芋に舌鼓を打った経験がある人は結構いるのではないでしょうか。それほど、石焼芋屋さんは地域に溶け 込んでいました。

 「 販売 」ではありませんが、「 車でゆっくりと走る 」という面において似たような職業として <チリ紙交換 >がありました。「ありました」と過去形にしたのは現在は見かけなくなったからです。理由は「業者が儲か らなくなった」からですが、私は二十代の頃にしばらくの間やっていました。今から30年ほど前ですが、当時 で一日に約7,000円~8,000円くらいの収入があったように記憶しています。

 先に「石焼芋屋さんが地域に溶け込んでいる」と書きましたが、それは、あくまで販売業者としての側面で あり、石焼芋屋さんを「職業」という側面から捉えますと、話は違ってきます。

 冒頭で、子供の頃に石焼芋屋さんからお芋を買った話を書きましたが、その買った焼き芋を家に持ち帰 ってから、母親に見せると「あれぇ、損したねぇ」とか、父から「子供だと思ってバカにされたなぁ」などと言わ れたことがあります。つまり 「ボッタくられた」 わけですが、石焼芋屋さんの中には、今でいう悪徳業者と 呼ばれても仕方のない販売をしていた業者もいました。「悪徳業者がいる」というマイナスイメージのある職 業が一般の人たちから真っ当な職業と認知されていなかったことは言うまでもありません。

 今回、テキストを書くにあたり調べましたところ、国民生活消費者センターへの苦情・相談が多い職業とし て<さおだけ屋さん>が上位に入っていました。このことからわかりますように<さおだけ屋さん>も職業と いう側面から考えますと、普通の人が就く職業としては芳しくないイメージがあります。もちろん、真面目に 仕事に取り組んでいる<石焼芋屋さん>や<さおだけ屋さん>もいるでしょうが、イメージとしてはやはりダ ーティーな感じがします。

 これらの職業と私が経験した<チリ紙交換>はイメージが重なる部分があります。残念ながらと言います か、悔しいながらと言いますか、<チリ紙交換>も世間から芳しくないイメージを持たれている職業のひと つでした。先ほども書きましたように、中には真っ当な業者もいますし真面目に<チリ紙交換>に取り組ん でいる人もいます。しかし、冷ややかな視線で見る人がいたのも事実です。

 もちろん、私は真面目に仕事に取り組んでいましたが、私から見て真面目な雰囲気をかもし出していたの は土日だけアルバイトとして働いていた普通の会社員でした。やはり、普通の企業で働いていますと、自然 と社会人マナーを備えた言葉遣いや振る舞いになります。残念ながら、社会人マナーという点に関しては、 専業で<チリ紙交換>をやっている人たちは見劣りがしていました。

 余談になりますが、私はこの数年後にラーメン店を開業するのですが、そのお店にチリ紙交換時代に土 日だけアルバイトをしていた会社員が食べに来たことがあります。その方は私より10才以上年長の方でし たが、私はすぐにわかりました。

 こういうとき、「声をかけていいかどうか」やはり迷います。躊躇する気持ちはありましたが、あまりの懐か しさから思い切って帰り際に声をかけてみました。すると、少し間をおいたあと小さな声で「ああ、あのときの …」と返してきました。しかし、表情から察するにあまり触れてほしくない過去のようで、それ以来一度も来 店しませんでした。
 このように<チリ紙交換>はイメージ的にあまり自慢できる職業ではありませんでしたが、似たような職 業である「移動販売」にも同じようなイメージが漂っています。先ほど紹介しましたように 「苦情が多い」 業 種として 「石焼芋屋さん」 や 「さおだけ屋さん」 が挙がっていましたが、こうした結果がさらに悪いイメージ を助長してもいるのでしょう。

 しかし、だからといって「移動販売」の全ての職業が悪いイメージを社会一般から持たれているか、という とそうではありません。冒頭でも紹介しましたが、「豆腐屋さん」や「パン屋さん」、「お弁当屋さん」などといっ た「移動販売」は悪いイメージを持たれていません。反対に社会一般に好印象を与えているように思いま す。

 「好印象」は「真っ当な印象」と言い換えてもいいでしょう。どちらにしても、ある程度社会から認められてい る「移動販売」ということになります。そしてこれらに共通する点は「歴史が浅い」ことです。「石焼芋屋さん」 「さおだけ屋さん」は私が子供の頃から見かけましたが、「豆腐屋さん」や「パン屋さん」を見かけるようにな ったのは、ここ7年~8年に過ぎません。

 こうした変化は「移動販売」に進出する商店や企業が増えてきたことを示しています。その理由はなんと 言っても景気の悪化が上げられます。以前は「失われた10年」と言われていましたが、数年前からは「失わ れた20年」とまで言われるようになっていました。つまり、不景気が20年続いていることを意味しているわけ ですが、景気が悪くなりますと商店や企業はコストのかからない経営方法を考えるのが常です。

 同じことが「脱サラ」「独立」においてもいえます。私が今回このテキストを書くきっかけになったのも、コス トがかからない脱サラ・独立の方法として「移動販売を勧める」書籍や業者を多く見かけるようになってきた からです。


 本当に「移動販売」で「脱サラ」「独立」は可能なのか…。


 私がラーメン店や惣菜店を開業したときは店を構えました。その理由は「店を構えること」が独立の証と考 えていたからです。販売業で独立・脱サラに臨む場合、やはり店舗を構えることはひとつの証となります。

 例えば、ある人が「脱サラした」「独立した」という話を聞いたとき、店舗を構えているケースと自宅を拠点 にしているケースではその印象が違います。当然、店舗を構えたケースのほうが独立としてのランクが高い ような気がします。言い換えるなら、「本業としてやっている」という印象を受けます。それほど、店舗の持つ 意味合いは大きいものがあります。信用力についても同様で、金融機関などからは店舗を構えているほう が信用が高くなります。

 私は保険代理業の経験もありますが、個人で開業している代理店の場合、ほとんどの代理店が自宅を事 務所・拠点にしていました。しかし、店舗を構えていたほうが契約者に対して信用力があったのは間違いな いですし、後年は保険会社の対応も店舗を構え事務所にしている代理店と自宅を事務所代わりにしている 代理店とで格差をつけるようになっていました。もちろん、前者を優遇していました。

 このように「店舗を構える」ことは、仕事の面やまたは社会的信用力の面の両方において好影響を与えま す。ですから、一見すると「独立=店舗を構えること」という式が成り立つような気がします。実際、独立を勧 める書籍や雑誌などには、店舗を構え独立を成し遂げた方々の口から次のような台詞が出てきます。

「移動販売で頑張ってお金を貯めた」。

 このような台詞は読者の感動を誘います。「移動販売=苦労」という図式は多くの人が思い浮かぶ図式で すからこの台詞が成り立ちます。実際に、独立や独サラを目指すような人たちは「成り上がり」を理想のスト ーリーとする傾向があります。ですから、このような台詞は読者に感動を与えます。まさに読者が渇望して いるエピソードです。

 しかし、こうしたエピソードの紹介は、ややもすると「店舗を構えること」が目標であるかのような印象を与 えてしまいます。……もちろん違います。独立の目標はあくまで独立した仕事で生活を成り立たせることで すし、そしてそれを続けることです。私がこれまでのテキストで指摘していますように、独立してもすぐに廃業 する結果になってしまっては独立したとはいえません。

 また、こうしたエピソードは、移動販売の先には「店舗を構える」という次のステップがあることを示してい るようでもあります。このことからわかりますように、一般的には、移動販売は「店舗を構える」という目標の ひとつ前の段階と考えられています。ちょうど、共産主義を信奉する人たちが「資本主義は社会主義、共産 主義へと進む前の段階である」と考えていた、のと似ています。つまり、移動販売という形態は次の段階に 進む通過点に過ぎないと考えられているようでもあります。

 私も当然そのように考えていました。移動販売こそしていませんでしたが、いろいろな副業をこなしながら 店を構えて開業することを目標としていました。しかし、実際に店舗を構えて長年商売をやっていますと、そ の考えに疑問が生じてくるようになりました。


 なぜ、店を構えることを目標として考えるのか…。


 本来、「脱サラ・独立すること」の目的は「自分の思い通りに仕事をすること」のはずです。上司や会社の 指示に従って働かねばならない立場にいるのではなく、仕事の全てを自分の思い通りに決めることができ る立場になることです。少なくとも私に限っていうなら、原点に戻って考えるなら、それが目的のひとつでし た。

 「思い通りに仕事をする」の「思い」にはそれこそ人それぞれのいろいろな考え方があるでしょう。ある人 は収入を一番に考え会社員時代より数倍多い金額を得ることを目的にし、休みよりも仕事優先で働きたい と思うでしょう。またある人は反対に、自由な時間を満喫したいがために短時間しか働かないビジネスライ フを選択するでしょう。

 本来は、独立を目指した原点に立ち返るなら、これらのことが目的であるはずです。ところが、書籍や雑 誌などで紹介されている独立した人たちの中には、まるで「店を構えること」を目標としていたかのようにイ ンタビューに答える人がいました。しかし、本当は、この考えは主客転倒しています。

 せっかく店舗を構えても、そのランニングコストに耐えかねて「独立した立場」を失うはめになってしまって はなんの意味もありません。独立の真の目的は「店を構える」ことではなく「独立した立場を獲得し、続ける」 ことのはずです。もちろん、その土台となるのが「利益が出ていること」であるのは言うまでもありません。

 もし、「独立した立場になる」という目標に対して「店舗を構えること」が足を引っ張るなら「店舗など構えな い」ほうが賢明です。私は「長年、店舗を構えて商売をした」経験から、そうした考えが強くなっていきまし た。
 そして、その考えが強くなったきっかけは「移動販売をしていたお兄さん」との会話でした。

 1章おわり

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