PR

~する前に一覧><脱サラをする前に>    *リンクフリー 全頁無断転載禁止 2018年9月更新

転職をする前に(3)

1章  2章  3章  4章

<第3章>

 転職にもいろいろなパターンがありますが、その中でも「スカウトされて」の転職は会社員として誉あるパターンです。「スカウトされた」と言いますと、言葉の響きもいいですし、世間的にも評価される転職です。ですが、「スカウトされる」のは少なくとも30才を越えているのが普通です。「スカウトされる」には「スカウトされる」に値する実績がなければなりません。20代のうちにそれだけの実績を残している人はほんの一握りの人たちです。能力もさることながら、能力を発揮できる舞台も必要です。例えば、大企業かもしくは名の知れた企業に勤め扱う金額も大きく、マスコミに、少なくとも業界紙などに取り上げられる実績でなければなりません。間違っても、普通の一般的な職場にいる20代がスカウトされることはありません。

 今書きました「スカウト」は、いわゆる「スカウトを業務とする企業」(通称:人材紹介会社)などが扱うスカウトを指します。このような人材紹介会社などが行うスカウトは一握りの人たちだけの話ですが、一般的な職場でもスカウトはあります。例えば、取引先企業から普段の仕事ぶりを認められてスカウトされる例は巷間聞かれる話です。こういったケースのスカウトは人材紹介会社などが行うスカウトに比べますとスケールは小さいですが、理想に近い転職といえます。取引先ですから、仕事の中身もわかっていますし、会社の実状もある程度見知っている状態での転職だからです。

 このように理想に近い転職ですが、注意を要することもあります。それは「外から見る」のと「内から見る」のとでは実態が違っていることがあるからです。同じ人間が、取引先として接するときと同僚または上司として接するときとでは全く違った印象になることはよくあることです。

 仮に、スカウトの話がきたときに、在籍している会社に対して不満を感じていたときなどは余計に取引先の会社がよく見えたりします。昔から言われている「隣の芝生は青い」の心境です。しかし、そのような心境のときに決断するのは禁物です。人生の一大転機になる転職ですから、決断するときは平常心のときに行うべきです。間違っても感情が高まっているときに決断してはいけません。

 先に、「労働環境を理由に転職を考えるのは好ましくない」と書きました。「労働環境」は同じ業界ではほとんど大差がないからですが、中には極端に悪い企業もあります。そのような企業の場合は転職を考えるのも悪いことではありません。20代の若い間は情報が多いようでいて実際は少ない人も少なからずいます。そうした若い人の初心(ウブ)な状況を利用して「労働環境が悪いのを当然」と洗脳する企業もあります。

 以前、話す機会があった新社会人さんは不動産会社に勤めている男性でした。彼は社会人となってから休日が1ヶ月に2~3日しかないそうです。しかも、就業時間も長時間縛られているようでした。そして、先輩からは「それが当たり前」と聞かされていました。彼が勤める会社には「休日が取れず長時間仕事に縛られることが当然」とする雰囲気があるようでした。私は冗談交じりに言いました。
「そんな会社、辞めちゃえ」
 企業が従業員に休日を与えるのは当然の義務です。ほとんどの企業において労働環境は大差ありませんが、極端に悪い企業が存在するのも事実です。しかも、若い人の純真な気持ちを利用して洗脳しようという姿勢は、企業としての社会的責任を放棄しているように思えます。もし、このような企業に勤めているなら転職を考えるのも悪いことではありません。

 このような企業は必ずと言っていいほど経営幹部に問題があります。経営者として確たる認識があるならば、従業員の労働環境をきちんと整えているのは当然の対応です。それを行っていないのなら経営がきちんと行われていないことを表しています。労働環境に限らず、経営幹部に問題があるのならやはり転職を考えるのは当然です。中高年ならともかく若い人であれば、「転職先はいくらでもある」くらいの気概を持つことが必要です。

 それでも、やはりある程度の期間は勤めるべきです。それは転職に際して「短期間での転職」が当人にとって不利になるということもありますが、問題のある企業と言えども、せっかく一度は勤めたのですから「なにかしら得てから」退職したほうが仕事人生にプラスになるからです。経営に関して問題がある企業で勤めるのも貴重な経験です。「災いは福に転じさせた」ほうが得策です。


 経営に問題があるとき、多くの場合その企業の業績は悪化していきます。また、問題はなくとも、経営方針の過ちにより業績が悪化し倒産寸前の状況ということもあります。そのような状況のときに誰もが一度は「転職」の二文字が頭をよぎります。

 昔から、倒産寸前の企業を「沈みそうな舟」に例えることがあります。沈みそうな船に乗っている場合、誰もが考えます。「脱出するか」それとも「留まって修理に挑むか」。「修理に挑む」ことはまかり間違えば、「最後を見届ける」ことにもなります。


 ある企業のお話を紹介しましょう。
 ある玩具メーカーの創業者には息子が二人いました。創業者はたたき上げの経営者で、その鋭い感性で業績を伸ばしてきました。そして、長男に社長の座を譲り渡したのですが、長男は米国で勉強してきた経験を活かし、それまでのやり方を一新しました。この時点で従業員は戸惑いがあったはずです。人間は誰しも保守的な生き物ですから、それまでと違うやり方に違和感を持ちます。違和感どころか反発心さえ持つ人もいます。中には、転職した人もいました。

 長男の経営方針は米国流でしたが、日本の玩具メーカーには適していなかったようで、その後、業績が落ちてくるようになり、倒産も視野に入るほど悪化しました。さすがに、この時期になりなすと従業員も動揺します。会社のリストラ策に乗るかのように退職する人はさらに増えました。この時期に会社で部長職にあった社員は、転職を「すべきかどうか」迷っていると、妻にこう言われます。
「今の時期に転職するのは卑怯よ」
 この社員は妻のこの一言で転職を思いとどまり、最後まで見届ける決意をしました。しばらくすると、社長が業績悪化の責任をとって退任し、創業者が短期間復帰したあとに次男が社長になりました。実は、次男は兄である社長の米国流経営方針に反発して先に退職していたのでした。つまり、次男は出もどりになるわけです。次男は正しくは転職ではありませんでした。自分で会社を起業する道を選んでいたからです。そのときに会社の元部下も幾人かついて行っています。この部下については転職になりますが、起業した会社の経営は順調に成長をしていました。それを見込んでの創業者の要請でした。

 次男が社長に登用されてから、容易ではありませんでしたが結果的に会社の業績はV字回復を遂げました。その間に、次男同様、一度転職した人が戻ってきた例も幾つかありました。

 このお話を読んでどのような感想を持ったでしょう。この話には経営の話もさることながら、会社員が転職をどのようなときに決めるべきかを示唆する要因が幾つか入っています。
 長男が社長に就任したときに新しい経営方針に反発して転職した人。そして業績が悪化し倒産が見えてきたときに将来を不安視して転職した人。長男が退陣を余儀なくされたときに長男の側近であるがゆえに転職した人。そして次男が社長に登用されたときに転職した人もいるでしょう。

 長男が社長に就任したあとその経営方針に反発して転職した人は、将来長男が退任するなどとは考えていなかったでしょう。業績が悪化し倒産しそうなときに転職した人は、その後業績が回復するとは思っていなかったでしょう。次男が社長に登用されたときに転職した人は、長男を慕っていたことを後悔したでしょう。

 実は、この話には後日談があります。次男がその素晴らしい経営感覚で業績を回復させたあと、この企業は再び成長が低迷してしまいます。そして、検討の末、社長である次男は同業者と合併する道を選択しました。会社員にとって合併が転職を考えるきっかけになるのは間違いありません。

 このように、会社員を取り巻く状況は次々に変化するものです。しかも、その変化は長期間にゆっくりと起こるのではなく、数年という短期間に起こります。そして、こうした変化を予想することは誰にもできません。ですから、転職を考えるときは、自分を取り巻く環境や状況に合わせて考えるのではなく、自分自身の信条においてのみ考えるのが正しい転職の考え方です。転職後に、元いた会社の業績が上向こうが落ち込もうが、元いた会社の人事がどう変わろうが、また転職先の人間関係がどうなっていようが、転職先の業績がどのようになろうが、そうした周りの状況に振りまわされるのではなく、自分自身の信条に従って転職の是非を考えるべきです。

 自分の周りを取り巻く環境や状況がどのように変化をしようが、転職の理由が自分自身のうちにあるなら、環境や状況がどう変わろうともなんの後悔もしないでしょう。大切なのは、働いているときに、自分自身が充実感を得られるかどうかです。

参考文献:「タカラ」の山―老舗玩具メーカー復活の軌跡  (著)竹森 健太郎(日経BP企画)

第3章おわり。

1章  2章  3章  4章
~する前に一覧><脱サラをする前に

PR