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~する前に一覧><脱サラをする前に>    *リンクフリー 全頁無断転載禁止 2018年9月更新

転職をする前に(4)

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<第4章>

 私が社会に出た40年ほど前は、まだ「1つの会社にずっと勤める」のが一般的な考えでした。私は例外ですが、私の周りを見渡してみますと、最初に入った会社にずっと勤めている人のほうが圧倒的に多いのが実状です。しかし、40年という長い年月の間には、当人では想像もしていなかった思わぬ出来事が起きていて当然です。その中には、倒産は稀にしても、所属していた課が廃止されたり、会社が新規の事業に進出しそこに配属されたり、後ろ盾になっていた上司が異動になり全く経験のない業務に携わらざるを得ない状況になったり、子会社に出向させられたり、年下の若手が上司になったり、または当人や家族が病気をしたり、…と自分ではいかようにもしがたい事態も起こっていたはずです。それでも、転職をせずにずっと同じ会社に勤め続ける人のほうが圧倒的に多いのです。

 成果主義という言葉が世の中に定着し、「給料が半減することもある」などとマスコミに騒がれながらも転職する人が巷間言われるほど多くないのは、「勇気が出ない」とか「家族のため」などといったネガティブな理由もありますが、それよりは「転職しないほう得である」というポジティブな理由もあるはずです。そうでなければ、これほど多くの人が「1つの企業に勤め続ける」という選択をしないでしょう。

 会社員の場合、一番気になることは出世ではないでしょうか。会社内での地位が上がりますと、給料も増えますし、権限も大きくなり仕事にやりがいを感じるようになります。しかし、そうそうたやすく出世できるわけはなく、結局はそうした現実を前にして、「釣りバカ日誌」のハマちゃんを理想の姿とする人もいるでしょう。ですが、実際の会社員生活でハマちゃんのように立ち振る舞うのも容易ではありません。やはり、同期や後輩が出世する姿を見ますと幾ばくかの焦りを感じるのが普通の会社員です。

 先に書きましたように、会社員の出世は上司の影響を強く受けます。運良く相性の合う上司に出遭えたなら出世の可能性は高いですし、反対に相性の合わない上司に出遭ったなら出世は望めない可能性が高くなります。このように、会社員にとって上司は仕事人生に影響を与える大きな存在です。しかし、「上司がウンヌン」と言う前に、会社員という世界を俯瞰しますと、希望の持てる実態があります。

 以前読んだ「『若者はかわいそう』論の嘘」(扶桑社新書) という本には「大卒の8割が最終的には課長職についている」という結果が書いてありました。この結果は、社会的に転職を勧める風潮がありながらも、1つの会社に勤め続けることが、当人にとってはマイナス面よりもプラス面のほうが大きいことを示しています。

 最近のマスコミでは、有能な若手が抜擢される人事を取り上げることが多いですので、あたかもあらゆる企業でそのような人事が行われている印象を受けます。しかし、実態は多くの企業においては年功序列で役職が決まっているようです。先の本はそうした実態を教えてくれています。このことは裏を返せば、多くの企業が「経験を積んだ社員は有用である」と認識していることでもあります。 「社員が勤め続けること」は会社にとっても大きなプラスの面があることの証明です。

 将来のことは誰にもわかりません。そうであるからこそ転職したあとに得られる満足感と、転職せずに1つの会社に勤めつづけることで得られる満足感を比較することはできません。どちらが良い結果を得られるかの確率は半々です。ならば、転職を決める際に大切なことは「後悔しない」「納得できる」ことを判断基準にするのがベストです。転職をしようがしまいが、人生の終わりになって「ああ、あのときに違う道に進んでおけば…」とか「ああ、もうちょっと違う選択をしておけば…」などと思うことがないような決断を心がけるべきです。

 私は脱サラ組ですが、中には転職の1つの選択肢として脱サラを考える人もいるでしょう。しかし、脱サラと転職の一番大きな違いは「定期的に入ってくる収入が確定しない」ことです。詳しくは私の サイト「脱サラ考察」をお読みいただくとして、脱サラは決して生易しいものではありません。もし、養うべき家族がいて、特に小さなお子様などがいましたら、脱サラの道は慎重に考えてほしいと思います。

 転職はいつでもできます。焦る必要はありません。しかし、ときには「今しかないタイミング」と思える機会に出遭うこともあるでしょう。ですが、そのタイミングが最適なのかどうかは誰にもわかりません。「ベストタイミングだった」と言えるのは、あくまであとからのことに過ぎません。つまり、結果論でしかありません。ですから考え方は1つです。転職はいつでもできます。焦る必要はありません。焦って決めた転職は後悔する確率が高いことは誰でも想像がつきます。

 ビジネスマンであるなら仕事をしていてうまくいかないとき、思い通りいいかないとき、壁にぶちあたったとき、…に転職を考えるものです。しかし、基本的に、切羽詰ったときや追い詰められたときに決断するのは正しいやり方ではありません。転職を考えるのは、心に余裕があるとき、平常心でいられるときに限ります。

 「後悔しない」「納得できる」転職は、冷静なときに考えた末の転職です。でもぉ、人生は摩訶不思議で、あまり深く真剣に考えなどせず、行き当たりばったりであったり、適当に考えたり、他人から進められるままにだったり…、などなど軽い気持ちで決めた転職が結果的に成功した例もあるんですねぇ…。

 さて、一時の感情の高まりでなく平常心で考えて転職を決断したときに、それでも転職することに対して躊躇することがあります。それは周りに迷惑をかけることを心配しているケースです。このような方は周りに気配りのできる方ですが、自分で納得できる決断であるなら周りに気遣いをする必要はありません。

 かつて、岸信介という「政界の妖怪」と渾名された総理大臣がいました。安倍首相の祖父にあたる方ですが、岸氏は長寿を全うしました。その晩年、インタビューで長生きの秘訣を聞かれたとき、こう答えています。

「まぁ、それは不義理をすることですなぁ」

 総理大臣を務めるほどの人でも不義理をするのですから、普通の一般人が不義理をするのはなんの問題もありません。人間は、誰かに不義理をしなければ生きていけない生き物ですから、例え周りに迷惑がかかろうが自分の信じた道を進むのがベストです。但し、「立つ鳥あとを濁さず」の心構えだけは忘れないようにしたいものです。

 私がこのテキスト書こうと思い立ったのは、文中に書きました新社会人さんとの会話がきっかけです。夜の8時半過ぎでしたが、まだ仕事中だったようで、お腹が空いたのでたまたま立ち寄ってくれたのでした。
 彼曰く、「本当は公務員を目指していたんですけど、落ちちゃったのでギリギリでこの会社に入ったんです」
 私は尋ねました。
「どうして、公務員を目指したんですか?」
 彼は母親の女手一つで育てられたようで、そうした生活環境が彼に「安定した職場を求める」気持ちにさせたようでした。お母さんが苦労しながら育ててくれる姿を見て「安定」を求めるのも無理なからぬことです。結局、今の会社に就職したわけですが、既に書きましたように今の会社の労働環境に心が揺れているようでした。働き始めて数ヶ月が過ぎた時期に悩む新社会人さんは多いでしょう。それまでの「なんの責任も負わなくてよい立場」から、社会人になり会社という組織の中で「責任を負うことが義務となる立場」に立たされたわけですから悩まないはずがありません。それまでは漠然と社会人を見ていたはずですから、そのギャップに驚いているのかもしれません。ですが、そうした心境のときに転職を考えるのは危険です。

 最近の日本の会社員を取り巻く労働状況が「米国流になりつつある」と言っても、現実的には転職回数があまりに多いとやはり社会的評価は低くなります。そうしますと、転職回数が増えるに従って「より悪労働環境」の会社への転職を余儀なくされます。日本は少子化の影響で労働人口が今後減少すると言われています。こうした流れは働く人たちにとっては売り手市場になる可能性が高くなることを意味しますから朗報です。しかし、経済のグローバル化は正社員の質を高めることを必然とします。企業は採用する正社員の質を厳しく選別するようになります。今後は間違いなく、単純労働に近い職種ほど給料などの「労働環境」は悪くなるでしょう。また、そのような職種で正社員という雇用形態はなくなります。このような社会状況で、有意義な転職をするには個人の仕事能力を高める以外に方法はありません。

 転職が頭の中をよぎっている若い会社員の皆さん、転職を志すなら是非とも個人のスキルアップ が計れるような転職を目指してください。転職を選択しない若い会社員の皆さんも同様です。同じ会社に勤め続けるにしても個人の能力アップにつながるように仕事に取り組んでください。

 最後に「転職することのメリット」について書きます。
 「転職のメリット」はなんと言っても、転職を経験することです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、この経験は人間形成においてとても大きな意義があります。転職する人の気持ちがわかります。この気持ちは転職を経験しない人には絶対にわからない気持ちです。思いとどまり想像するだけの世界と実行に移すのでは大違いです。新しい職場でカルチャーショックを受けることもあるでしょう。しかし、そのショックも人生において必ず勉強になります。1つの会社からだけの視点でなく、ほかにも視点があることを知ります。つまり、視野が広がることです。視野が広がって初めて広い世界を知ることができます。仕事をしていますと、様々な判断を求められる場面に遭遇しますが、広い視野からの判断のほうが正しい結論を導く確率が高くなるのは言うまでもありません。

 また、他人の気持ちが察せられるようになります。狭い世界だけで生きていたなら狭い世界の人たちの気持ちだけしか知り得ませんが、世界が広がったなら、より多くの人の気持ちを知ることができます。他人の気持ちがわかる人間のほうが優しい人間になることができるというものです。

 さて、いろいろと書き連ねてきましたが、転職を決めるのはあくまで自分自身です。他人のせいにするのではなく自分で責任を取る覚悟を持って決断してください。どちらを決断するにしても、好ましい結果が保証されるわけではありません。ときには悪い結果を招くこともあるでしょう。それでも、「後悔しない」「納得できる」ことを基準に決断したなら、あとから振り返ったとき満足感を得られます。若い皆さんが、そのような仕事人生を送ることを願っています。

参考文献:人材コンサルタントに騙されるな! (PHP新書)  (著) 山本 直治

 最後までお読みくださいましてありがとうございました。
*初公開 2010年6月

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